何か面白いことをやってみないか
Nanafuデザイナーである成田のもとにその電話がかかってきたのは、実に10年ぶりのことでした。
声の主は、浅草で70年間、国産高級カットソーを作り続けてきた老舗工場の二代目社長。
当時はコロナ禍の只中。
ファッション業界は大きな打撃を受け、工場の長年の取引先が倒産するなど、生産需要は激減していました。
30〜40年前はほとんどが国産だった繊維業界も、その多くが海外生産に切り替わり、国内生産率は2%を切る(現在は1.5%以下)という状況。
そこへ来ての、この追い討ちでした。

いつも朗らかで笑顔が印象的だった社長も、実際に会ってみると、この時ばかりは明らかに落ち込んでいるのが見て取れました。
もともとアパレル(洋服)デザインをしていた成田にとって、彼は単なる生産をお願いしていた工場の社長というだけではありませんでした。
まだ成田が若手のデザイナーだった頃、服作りの技術や知識を他社にも関わらず惜しげもなく教えてくれたのが、他ならぬこの工場の社長だったのです。

再会した彼の姿を見て、成田の心には「あの頃、一人前にしてもらった恩を返したい。今度は自分が、社長の力になる番だ」という強い想いが湧き上がっていました。
思い出話から、話題が広がる中で、ふと社長が言いました。
「……何か、面白いことをやってみないか?」
その一言と、成田の「恩返しがしたい」という想い。
そこで繋がったのが、成田が長年デザイナーとして温めていた「浴衣ルームウェア」という構想でした。

大人の女性が、心から寛げるルームウェアがない
それは、成田自身が抱え続けていた悩みでもありました。
「若い頃のようなフワフワしたパジャマは、年齢とともに少し気恥ずかしくなる。
かといって、ランジェリーのような過度な色気は求めていない。」
着膨れせず、素材や質にこだわり、袖を通すだけで背筋が少し伸びるような、そんな一着。
彼女の頭の中にあった理想の形、それは「温泉浴衣」でした。

日本の温泉旅館で袖を通す浴衣は、性別、年齢や体型を問わず、着る人を魅力的に見せてくれます。
しかし、既存の旅館浴衣は生地が硬かったり、伸縮性がなく窮屈だったりと、現代の「リラックス」とは少し距離がありました。
「もっと肌触りが良く、ずっと着ていても疲れない、洋室にも馴染むモダンな浴衣があれば……」
折しも当時は、コロナ禍で自宅にこもる時間が長くなっていた時期。
そんな浴衣があれば、家にいる時間をまるで旅館にいるように心地よいものにできるかもしれない。
そして、和装を着る機会が減ってしまった人たちに、日常の中で「和」の気分を楽しんでもらうきっかけになるのではないか。
その想いが決意へと変わり、早速企画を立ち上げ、制作へと動き出しました。

このままだとYUKATAは作れない
しかし、その道のりは決して平坦なものではありませんでした。
「従来のカットソーの作り方では、これは作れない」
いざ試作を始めると、工場からは戸惑いの声が上がりました。
目指したのは、浴衣本来の美しさを保つため、肩に縫い目(ハギ)を作らない贅沢な仕様。
しかし今までにない服づくりのため
- 通常のTシャツと比べて3〜4倍の生地が必要
- 生地が長すぎるため作業を行う台の長さが足りない
- 裁断・縫製・仕上げ全ての工程で手間と技術が必要
- 1枚が大きくサイズにばらつきが出てしまう
など課題が山積みでした・・・。

本来効率を考えれば、生地を分けて縫い合わせるべきでした。
しかし、それでは「着る人の体を包み込むような着心地と美しさ」が失われてしまう。
「どうすれば、高級感を維持したまま、お客様に届けられる価格にできるか」
理想の浴衣ルームウェア実現のために何時間も話し合い、何度もサンプルを作り直し、コストと品質の狭間で葛藤する日々。
熟練の職人たちの技術と知恵があったからこそ、数々の課題を乗り越え、NanafuのYUKATAは完成しました。

一人一人のお客様から世界へ
おかげ様で、ブランド立ち上げから5年。
当初は「大人の女性」のために生まれた浴衣ルームウェア。
しかしカットソーならではデザイン性とその心地よさ、着付け、手入れの楽さから、私たちの予想を超えて広がっていきました。
今では女性だけでなく、老若男女、幅広い世代の方々に。
そして国内にとどまらず、海を越えて海外のお客様にも、NanafuのYUKATAやHAORIをご愛用いただけるようになりました。
また、こだわりを持つ宿泊施設様の館内着としても導入が進んでいます。




「NanafuのYUKATAを着ていると、自分にに自信が持てます」
「日常から離れて、ゆったりとした時間を送れるようになりました」
「とにかく着心地が良くて、気分は宿泊旅行です」
お客様からいただくそんなお声が、私たちの何よりの励みです。
私たちは今、徐々に失われつつある「Made in Japan」の縫製技術と、"浴衣"という文化を未来へ残すため、Nanafuというブランド作りに勤しんでいます。
一度は途切れかけたその技術を絶やすことなく後世へ継承し、確かな品質の製品を国内外のお客様の元へ届け、喜んでいただくこと。
恩返しから始まったNanafuの物語は、いま、日本の技術を世界へ、そして未来へ繋ぐ架け橋となっています。
最後に
ある夜、上機嫌で日本酒を傾ける社長にふと質問をしてみました。
「社長、今Nanafuやっていて楽しいですか?」
彼は屈託のない笑顔で即答しました。
「そりゃ、楽しいに決まってるじゃないか」
作り手が真剣に楽しみながら生み出したものは、きっと袖を通すお客様にもその熱量が伝わるはず。
社長のその無邪気な笑顔を見て、私たちはそう確信しています。
